読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

復刻『週刊 岡庭昇』

〜岡庭昇を因数分解する〜

第16回 2017年4月24日

こんばんは、岡庭野野花です。

(いつもは「こんにちは」ですが、きょうは「こんばんは」的気分です)

 

沖縄で知ったこと、考えたことの続きです。

 

沖縄返還以来、40年間になんと11兆円が投じられてきました。この事実は沖縄に何をもたらしたのでしょうか。沖縄はじわじわと自立心を失って、もはや補助金なしにはやっていけない体質になってしまったのです。

 

あの太平洋戦争末期、1945年のウチナーいくさ=沖縄戦では、日米両軍と民間人らを合わせた死者は約20万人。沖縄県民の4人に1人が亡くなりました。これは、日米最大規模であり、最後の戦闘となりました。

 

振り返るとこの戦争も、民衆が国の暴走を止め切れなかったことが要因。また反対に、今の沖縄の状況は、悲しいかな20万人の犠牲の上に、国からの補助金や基地がないという生活を成り立たなくしてきた……

この事実は、自らが決め、自らが創ることのできない民衆のカタチではないかと思うのです。

 

北朝鮮と米国が闘うことになれば、それも「仕方がない」と受け入れていくのでしょうか?

そんなことを思いながらの沖縄旅行でした。

 

父とこの旅をしていたら、どのようなことを私に教えてくれたのかな、私はどんなことを学べたのかなと、ふと思ってしまいます。

 

補助金は沖縄だけの問題ではありません。

自分たちの税金がどのように使われるのか。誰かが生き延びるためだけにバラまかれる補助金。自ら創る、自ら生きるものとしての社会とは、どのようなものなのでしょうか。

 

次回、また父の著書から読み取っていきたいです。

 

 

 

 

f:id:okaniwanonoka:20170427210511j:plain

第15回 2017年4月17日

 

 

こんにちは、岡庭野野花です。

 

 

先週末、沖縄へ行ってきました。ちょうど北朝鮮とアメリカの緊張が高まるタイミングでした。でも、米軍基地のある沖縄はというと、多くの観光客で賑わっていて、緊迫感などをまったく感じませんでした。

 

きょうは、沖縄への旅で知った事実をぜひ皆さんと共有したいと思います。

 

まず、米軍基地は、沖縄の経済的基盤確立の上で必要なものだと痛感しました。基地は借地ですので莫大な地代が入り、沖縄全土で4万人の地主が、毎年総額900億円の地代を国から受け取っているのです。その地代を活用して、マンションやリゾート開発を行なってきました。今、沖縄はバブルだと感じます。

 

思いやり予算という莫大な公共投資沖縄返還から累計で約11兆円)があって、観光立国という名の地域振興が行われ、それは地元の土地持ちと東京のデベロッパーが手がけています。

 

沖縄は、一人当たり県民所得最下位 (東京都の半分以下)失業率も日本一。数字的には全国で最も貧しい県です。でも一方で、振興策で大企業、特に建設業は潤っていて、年収1000万以上の割合が全国で9位という事実!

所得格差を測る指標の「ジニ係数」が最下位グループで、つまり、日本一貧富の差が大きい県なのです。

 

私は、この事実に大変驚きました。

 

沖縄の事実に興味を持ちつつ……

改めて『父の自己決定力』を読み返してみました。

父はTBSに在籍中にテレビドキュメンタリストとして、さまざまなドキュメンタリー番組を制作しました。現場では常にとても苦労をしていたようで、その様子が伝わってくる部分があります。

 

P.17 の「依存症社会症候群」より(以下、抜粋)

+++

 

汗水たらして広報社会に新鮮な情報、つまり事実をもたらして、さて返ってくる反応が、いつも次のようなパターンではいいかげんいやにもなる。どんな反応か。〝なるほど、岡庭のドキュメンタリは、隠された事実を曝きだして衝撃的であった。しかし不満が残る。ではどうすればいいか、それをあなたはちっとも教えてくれないではないか〟というのである。

 

わたしはほとんど怒鳴り返したい気分だ。情報はきちんと出した。日本の現実が、いかにひどい状態か分かったはずだ。その先、この現実のなかでどう生きるのか、どう日本を変えようとするのか、それはあなたが考えるべきことだろう。自分の生き方を決めてくれと、テレビごときにねだる発想をまずやめたまえ。乱暴にいってしまえば、そうなる。

 

+++

 

この父のことばが、今の社会を鋭く刺しているように思えてなりません。

 

 

f:id:okaniwanonoka:20170419184138j:plain

 

 

f:id:okaniwanonoka:20170419184148j:plain

 

 

(つづく)

第14回 2017年4月3日

こんにちは、岡庭野野花です。

 

 

ところで私たちは、「バブル崩壊」から何を学んだのでしょうか。

失われた20年と言われて今に至りますが、

そう言われ続けた間も、バブル時代の浮かれ気分や派手さがほんの少し減った程度だし、オリンピックに向かっている今は、東京では建築ラッシュ。

東京の真ん中で私たちは、不況の悲壮感を感じずに暮らしています。

 

読み始めた『自己決定力 ———人まかせの「生活大国」はない』(徳間書店)の冒頭をぜひ一緒に読んでください。

 

 

P3)

 バブル崩壊だといっても、市民社会は結構みんなぬくぬくと暮らしている。責任をとらされてやめた社長も、多額の退職金を手にした。厳しい不況といっても、だいたい三割ほどの減収といったところだろう。

 あれだけの無茶なバクチ・ゲームをして、なぜこれですんでいるかといえば、山谷、釜ヶ崎などの寄せ場に、すべての尻ぬぐいが押しつけられたからである。大企業は負担を下請けに押しつけ、下請けは孫請けに押しつけ、そしてすべては寄せ場に押しつけられる。アメリカでは先住民、黒人や、後発移民にターゲットが強いられている。日本の場合は労働市場における、あらゆる意味での差別構造が、日常的にゲットー役を担わされる。しかも前者と異なり、後者は包みかくされ、ますます見えない存在にされている。

 

A:

バブル崩壊以降、日本の格差は紛れもなく拡大しています。

年収格差、雇用格差、経済格差、教育格差、地域格差、労働環境の格差、団塊世代の格差、企業と家庭との格差……

 

B:

はい。OECDが発表したデータによると、日本の貧困率15.3%も!

世界の先進国のなかでも、貧困率No.5です。24ヵ国の平均10.4%を大きく上回っているこの数字に愕然とします。

ドイツやフランスなどヨーロッパの有名な国の多くは、軒並み10%以下です。が、アメリカは日本を上回る17.1%!

 

A:

日本にとって大問題なのは、この20年間で貧困率が急上昇していることです。ひと昔前まで日本は、「一億総中流」とか言われて、貧富の差が一番少ない国でした。それがわずか10年で、こんなにも格差が拡大。

このことに私たちはもっと目を向けるべきではなのです。

 

 

野野花:

バブル崩壊後に父は、

 

こんな残酷なシステムは、もうここらでやめようではないか。ポスト・バブルがたまたまプレ・バブルでしかなく、どこまでいっても飢餓の強制の上の繁栄でしか持てないなら、寄せ場(注・日雇い労働の求人業者と求職者が多数集まる場所)は、いつまでも寄せ場はいつまでも寄せ場でありつづけるだろう。あらしめられる、だろう。

 

と、書いています。

 

バブル崩壊後、格差社会は広がっています。

父は、この残酷なシステムから脱却するために、この本の中で「自己決定力をつけかた」を提唱しています。

 

次回から、自己決定力とはどのようなことを指すのかを探ります。

 

東京は、桜が咲いています。

 

f:id:okaniwanonoka:20170406201331j:plain

 

第13回 2017年3月27日

こんにちは、岡庭野野花です。

 

今回から、『自己決定力 ———人まかせの「生活大国」はない』(徳間書店)を読みます。

この本は、1993年3月31日に発行されました。読み進める前に、当時の時代背景を振り返ってみました。

 

内閣府景気基準日付でのバブル崩壊期間(平成不況とか、第1次平成不況、複合不況とも呼ばれれる)は、1991年(平成3年)3月から1993年(平成5年)10月までの、景気後退期を指しています。

1989年の大納会(12月29日)に終値の最高値38,915円87銭を付けたのをピークに暴落に転じ、1990年10月1日には一時20,000円割れと、わずか9か月あまりの間にほぼ半値に暴落。1993年末には、日本の株式価値総額は、1989年末の株価の59%にまで減少しました。

そこから、「失われた20年」と言われ続けて、2012年の第2次安倍内閣発足とともにアベノミクスを旗頭にデフレ経済を克服するためにインフレターゲットが設定され、これが達成されるまで日本銀行法改正も視野に入れた大胆な金融緩和措置を講ずる、という金融政策が発表されました。

これら一連の経済政策が、第40代のアメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンの経済政策として名高い「レーガノミクス (英: Reaganomics)」にちなんで、「アベノミクス」と呼ばれるようになったとされています。

そしてアベノミクスは今、国策でインフレを起こし、ばらまきの経済政策を行っています。一方で貧富の差は広がり、過労死でたくさん人が亡くなり……。20年前とそして、本著が記されたときと何も状況は変わってはいない、人は国民は変わらない…… 

 

さて、ページをめくる前に、この本のサブタイトルにご注目ください!

人まかせの「生活大国」はない 次の「資本」「政治」とは?

みずから決め、みずから創り、みずから生くるものとしての社会

 

1993年の著作から、改めて今を見つめてみます。

ぜひ一緒にページをめくってください。

この本を、いや、岡庭昇を、一緒に因数分解しませんか。

f:id:okaniwanonoka:20170331145904j:plain

第12回 2017年3月21日

こんにちは、岡庭野野花です。

今年に入ってからずっと『亡国の予言』を読んできましたが、いよいよエピローグです。

 

然りを然り、否を否と言ってこそ民主主義
小見出しに頷きながら、本文を追ってみました。
父はまず、作家・中園英助さんの『私本・GHQ占領秘史』(徳間書店)を引用しています。

「よいことはよい、悪いことは悪いというのは、何事も中途半端にする是々非々主義のようなものではない。上から下までイエス・ノーをハッキリいわないために、とうとう一億一心、大戦争にまで突っ込んで破滅してしまった」

そして、

「ここには、こんにちの鎖国ニッポンの本質につながる指摘がある。よいことをよいと言わず、悪いことを悪いと言わない〝システム〟こそが、鎖国モラトリアムを不変のものとする」

と書いています。

A:

やはり、鎖国モラトリアムにつながりますね。

「この国における戦後民主主義の出発とは、とりもなおさず〝一億総ざんげ〟にほかならなかった。今日の鎖国モラトリアムは、すでにそのとき決定されている。私たちの民主主義は、もともと然りを然り、否は否とは決して言わない、徹底して何事も中途半端にする精神から出発したのだった」

 

B:

民主主義について考えると、本当にさまざまな捉え方があってひと筋縄ではいかないね。〝一億総ざんげ〟だって、みんなで戦争責任を負うんだよというひとつの民主主義だと、岡庭氏は言っています。

 

A:

それって結局はだーれも責任を追わないってこと。だーれも戦争の責任を追わなかった国が、平和に対してどのようにも責任を負うわけがない!

 

B:

戦後民主主義とは、誰もが同じ顔、同じ制服、同じ意見、同じ思想を好んで、好むばかりか強制し合う。自粛や忖度(そんたく)も引き金となって……

あれれ? 民主主義はいずこに〜〜?

 

A:

あるのは、〝顔のない民主主義〟。民主主義って、市民1人1人の顔を見出そうとするものだったのにね。岡庭氏は、〝顔のない民主主義〟ほどグロテスクなものはないと表現していますが、吐き気がするほどグロテスクだと思う。

 

野野花:

だから、安倍のような総理が出て来るのでしょう。このままでは、たとえ安倍が変わろうと、日本は変わらないと思います。

 

「このような〝顔のない民主主義〟の〝システム〟を、わたしは〝和の強制力〟〝合意のファシズム〟と命名しておく。鎖国モラトリアムに沈没し、おのれの顔を消しておけば安全という考えるとすれば、それこそ大いなる錯覚にほかならない。(中略) 一度振り返ってみれば、亡国への軌跡はもはやあきらかなのに、団体行動の〝逸脱〟を恐れるあまり、ふり返ることさえ出来ない。

サラリーマン諸君、いいかげんにしたまえ。そろそろ鎖国モラトリアムを卒業しないと、行く着く先はほんとうに亡国の民だぜ。」

 

B:

そこそこ! 本書のサブタイトルにある叫び、「無知・無告の産業戦士なんかやめてしまえ!」ですね。痛快です。

 

B:

この叫びに、ほんの少しだけれど希望を感じます。いいえ、希望を持ちたいという方が正しいかしら。

 

野野花:

「顔のない民主主義という名の合意のファシズムを、みずからの身体を奪い返す過程のうちに、力をこめて突きくずそうではないか」

との文章で、エピローグは結ばれています。

 

A:

次のキーワードは、「みずから決め、みずから創り、みずから生くるものとしての社会」でしょうか。

 

野野花:

ええ、取り上げる本は、『自己決定力 ———人まかせの「生活大国」はない』にしたいと思います。

 

写真は、コブシの花です。

f:id:okaniwanonoka:20170322101532j:plain

第11回 2017年3月13日

こんにちは、岡庭野野花です。

トランプ ―— 安倍会談後、マスメディアは、米国と日本はうまく行けそうだ!! となって早いもので1カ月が過ぎました。いやはや、トランプ批判の報道はどんどん少なくなってきています。

「これで日本は大丈夫」って、みんな思っているのでしょうか。

 『亡国の予言』を読んで、父の言う「鎖国モラトリアム」はまだまだ続くんだなあと思いながらテレビを見ていて、びっくりしたことがあります。

ちょうど1カ月前、2月13日月曜日、朝のワイドショーで女優・清水富美加が、大川隆法総裁率いる「幸福の科学」教団に出家したと報道されていたんですが……

この大川隆法が『亡国の予言』に登場するんです。

 

A:

え〜〜〜っ。トランプに続いて、大川隆法も登場するとは! それは、びっくりですね。タイムリーすぎます!!

 

野野花:

抜粋してみますね。「ゆがんだ鏡———なぜアメリカを直視しえないか」の章の、「〝腰抜け〟ブッシュのせつない変身願望」の一節なんだけど、

 

著名な編集者・島地勝彦……(中略)……島地の《世界に出て馬鹿にされない人間になって欲しい》という、日本人への注文には、わたしも同意する。けれどもそれが、再びなるオカルト・ブームを批判した、松下清史の優れたレポート「ノストラダムスブームに乗る虚業家たちを撃つ!」

(「噂の真相」1991年6月号

参照HP http://www.geocities.jp/hs_cult/page14.html)の結語

《……今回のブームの裏には「湾岸戦争批判」を逆手にとった反米意識の増長とネオ・ナショナリズムの高揚(「今こそ日本がしっかりしなくては……」)のアジテーションがある。「太陽の法」で世界を救う日の本の国、と五島が書いた。それに便乗した大川隆法は、戦争反対にかこつけては三島由紀夫の後を追いはじめたいとう某や島田某の、よりシステム化されたネガ像というべきかもしれない》のような当今の〝気分〟に終わるとしたら、やはり空しい。

この二人の〝某〟とは、いとうせいこう島田雅彦というポップ小説家のことで (中略) ともあれ、いつまでも、アメリカに対して屈服か憎悪の二分法しかないのでは、やりきれない。それこそが、鎖国モラトリアムの感情でしかあるまい。

 

と、書いています。

 

B:

す、すごい。今の状況とあまりにも似ていて、背筋がゾクゾクしてきます。

改めて、岡庭昇って、何者なのって思わずにはいられないですね。

 

A:

そういえば、ノストラダムスがトランプ大統領の誕生を、完全に予測していたっていう話がウェブ上に載っているんです。

http://tocana.jp/2016/11/post_11445_entry.html

こうして世界が不安定になってくると、新興宗教ブームがこの国にやってくる……。

 

B:

うーむ。

結局この日本に相も変わらずにある「鎖国モラトリアム」って、「世界的にアメリカもヨーロッパも不安定だけど、日出る国の私たち日本は、他の国と違って大丈夫!」って、昔から信じてきたメンタリティで、それはある意味、宗教に近いものではないかしら。

 

A:

「屈服か憎悪の二分法ではなく」、八百万の神(やおよろずのかみ)がいる日本は白黒付けずに何でも受け入れるんだから、どこまで行っても沈まないってメディアも国民もみんなで信じようとしてるのかもしれない?

 

B:

白黒付けないなら、移民も難民も見えない……。移民や難民について語るも、鈍感なのでスルー。うまくやり過ごして、通り過ごせばなんとかなるっていう思考だなって、2月初旬の中旬までのメディアの報道を見て感じました。

 

A:

うんうん。1991年も今も世の中を直視しない「鎖国モラトリアム」で、日本はある意味一つの宗教かもしれないって思えてきます。

宗教だから悪い面を見ようとしない。

 

B:

なるほど。何もかもすべてを内包する日出る国だから、そこにある差別にも気がつかないってわけですね。

 

野野花:

来週は、『亡国の予言』をまとめながら、「飽和の中の危機 —― ジャパン・バッシングを聞け」の意味をみなさんと考えてみたいです。

 

B:

本は図書館で貸し出し中だったので、ネットで注文したら、1円で買えましたよ。まだお手元にない方は、ぜひ!

 

f:id:okaniwanonoka:20170314100136j:plain

第10回 2017年3月6日

こんにちは、岡庭野野花です。

 

先週から湾岸戦争を振り返っていますが、

日本が多額の支援をしなければ、イラク民衆の命が戦火に消えることはなかったと思えてきます。

それにしてもブッシュはいったいなぜ湾岸戦争をしたのでしょうか。

 

A:

『亡国の予言』には、こんなくだりがありました。

「言いかえるなら、ブッシュはどうしても戦争をしたかったのだ。優柔不断な〝腰抜け(エッグヘッド)〟とみなされていたブッシュは、マッチョ・マンの仮装が切実に欲しかったのだろう」

さらに、

「こうして見ると、〝国際社会への貢献〟などと、わけの分からぬ観念で大さわぎをしていた日本とは、いったいいかなる国なのか。(中略)

戦争はこの鎖国にとって、テレビ画像の像と、〝貢献〟をめぐるバカさわぎと、忘れていたアメリカの暴力機能へのやみくもな恐怖でしなかった」

と、綴られていました。

 

B:

なんと! この本に1990年代初めのドナルド・トランプが登場していますね。

「若き英雄、ドナルド・トランプは大統領になる夢はおろか、借金王になってしまい、離婚したら妻への慰謝料が払えないので、仕方なく結婚生活を続けいている、という体たらくである。あるいはそのうち、英雄からサギ師へ、呼び名が変わるかもしれない」

 

A:

ほんの数行ですが、あまりにもタイムリーなので、興味深かったです。

さすが、岡庭氏の着眼点は鋭いなと感じました。

先日行なわれたトランプ大統領の施政方針演説は、「大統領演説にふさわしい名調子」で、スタンディングオベーションが何度も起ったとか、ずっと敵対視されてきたCNNの世論調査においても78%が好印象を占めたと報道されましたが、アメリカの暴力機能へのやみくもな恐怖を、感じずにはいられません。

 

野野花:

そうですね。

日本政府は、トランプ大統領に経済的貢献と防衛的貢献を誓いました。そうして世界中に、アメリカではなく、トランプに忠誠を誓う安倍という構図を印象づけました。

鎖国モラトリアムのなせる技なのでしょうか。

 

A:

鎖国モラトリアム!

岡庭氏の固有のコトバづかいで、2月20日のブログにありますので再度読んでください。

「人と人との関係は、外と内ははじめから閉ざされている。そして、他者(他国)の立場に立ってみる想像力は、ますます失われつつある。この特有の独善的な一方的交流を、鎖国と呼ぶのである。いわば、鎖国モラトリアムである」

 

B:

次回は、鎖国モラトリアム時代、メディアに登場したさまざまな人物を、『亡国の予言』から引っ張り出してみます。