復刻『週刊 岡庭昇』

〜岡庭昇を因数分解する〜

第37回 2017年10月16日

こんにちは、岡庭野野花です。

選挙戦も中盤です。町は、一層にぎやかになりそうです

 

A

選挙が告示されて、各政党は3極にわかれたけれど、私たちは選択しやすくなったのかしら?

 

B

「リベラル」や「保守」など、いろんな言葉が使われていて、言葉の意味そのものが、わかりにくいような気がします。

立憲民主党」の枝野代表は、

「保守とリベラルは対立概念ではありません…… ここにお集まりいただいている多くの皆さんが育ってきた時代、日本が輝いていたと言われた時代の、あの一億総中流と言われていた時代の、社会がこんなにギスギスしていなかった時代の、みんなが安心して暮らせていた時代の、日本社会を取り戻す。

私はリベラルであり、保守であります」と、言っているんだけど。

 

A:

2017105日付のデジタル毎日に、ずばり、

『「保守」「リベラル」って何?』との記事がありました。

 

 保守(保守主義)は、現状の制度や思想を尊重する立場。リベラルは英語の「自由な」に由来し、個人の自由を重んじて社会を変えていく立場で、欧米の歴史に根ざしている。ところが、今の日本で保守を代表する自民党は、日本国憲法が敗戦で押しつけられたものだとして伝統を重視する自主憲法制定を主張。安倍晋三首相が憲法改正を目指す。これに対し、戦後の基本的人権や平和主義に価値を置くリベラルの側は自民の改憲路線に反対しており、立場が逆転している。成田憲彦・駿河台大名誉教授によると、日本のリベラルのルーツは戦後の革新勢力にある。自由主義諸国とソ連など社会主義諸国の「東西冷戦」のもと、日本で1955年に自民党が誕生。社会党との与野党対決構図が続いた。労働組合の後ろ盾で護憲や反安保を訴える野党勢力は「革新」と呼ばれた。

成田さんは「革新勢力は社会主義を理想としたが、90年前後の社会主義陣営の瓦解(がかい)で退潮した。今のリベラルは『革新マイナス社会主義』で人権・平和の理念を掲げている」と話す。

自民党にも昔からリベラル派がおり、今は岸田文雄政調会長の率いる岸田派(宏池会)がそう目される。成田さんは「安全保障環境の変化などで自民党が右傾化しているが、国民の5割は改憲に反対だ。保守色が強まる国政の空白を埋める形で立憲民主が伸びる要素もある」とみる。

 一方、国際医療福祉大の川上和久教授(政治心理学)は「社会民主主義を掲げる欧州のリベラル政党は福祉を重視し、大きな政府を志向する。それには税負担が欠かせない」とした上で、「日本のリベラル勢力は福祉重視を訴えても必要な負担増をこれまで国民にきちんと求めてこなかった」と指摘する。「リベラル色を出そうと外交安保分野で政権批判を繰り広げてきたが、高負担を前提とする現実的な社会像を描き、保守勢力との対立軸として国民に示せるかどうかが、今後の試金石となる」と話す。

 

野野花:

父は、『かくもさまざまな言論操作』の中で次のようにも述べています。

 

+++

 

P190

 

 民主主義ということについて、あたらめて根本から考え直す必要があるように思える。どうしてことさらそんなことを言うのかと、不思議に思う人もいるかも知れない。日本は民主主義の国家であり、民主主義は自明の原理であるはずだ。それなのに、いまさら変なことを言いだすものだ、と。

 だが、はたしてそうだろうか。「自明な前提」ということにかえって欺かれて、じつは日本の民主主義について基本から再検討することを、わたしたちは怠っているのではないだろうか。そういう風に考えると、これほど欺瞞的なものもないのではないだろうか。

 

 なによりも軽薄な経済主義への反省を前提にしなければならない。いわばポスト・バブルの時代は、ある意味ではプリミティブなものを大事にする時代であるとも言える。プリミティブなものを大事にして、それをプリミティブな思考や感性においてとらえる。プリミティブというのは素朴と言ったほどの意味だが、また基本という意味でもあるだろう。

 

 日本ははたして、民主主義の国なのだろうか。この問いを、わたしはきわめてプリミティブに言っている。自明なものを「素朴に」「基本的に」問い返せば、実はあらためてその欺瞞に気がつく。

 そうであるなら、この場合は「自明」なことこそがもっとも疑わしいのだ。そしてそれは、どうやら「作られた自明」とでも言うべきものであって、自明であることによって民衆を欺くトリックになっている。権力が、意図してそうし向けているのである。

 

さらにページ進めて……

 

+++

 

P192

 

  ふたたび「素朴と基本」の立場から言うなら、いったい誰にとっての、誰のための、誰によって担われる民主主義なのか。問われるべき本質はまさにそこにある。民主主義がファッシズムの手段になるなど、いくら欺瞞としても腹立たしいかぎりではないか。

 そのような事態を改めていきたいために、わたしたち市民は、民主主義という概念をまさに自前のものとしていかなければならない。わたしたち自身によって担われる以外のものではないという覚悟を、持たなければならないのである。

 そのようなものとしての民主主義を、私は共生的民主主義と呼んでおきたい。

A/B:

なんと! 共生的民主主義ですか? 

今回の選挙はあらためて、「素朴に民主主義について私たちも基本から再検討する」、とってもいい機会なのかも?

 

野野花:

そのためにどうするべきなのかを、次回の編集会議で話ましょう。

 

みなさん、棄権せずに、投票に行きましょう。

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第36回 2017年10月9日

こんにちは、岡庭野野花です。

 

このブログが、今の時勢にぴったりの内容になっていて、驚いています。

 

解散からのこの2週間、「希望の党」の発足、続いて「立憲民主党」の発足と、国政を取り巻く状況がめくるめく変わりました。

メディアやネットを見ながら、その本質を捉えたいと過ごしているうちに、あっという間に1週間がたってしまいました。

 

安倍首相は解散後の街頭演説で

「いま野党は、新しい党をつくろうとしている。1990年代に新党ブームがあった。あの新党ブームの結果、政治は混乱し、日本は長い経済の低迷に突入した。2009年、民主党ブームがあった。いよいよ混乱を極める状況になって、どんどん雇用が失われた。自民党公明党はこの混乱に終止符を打った、ブームからは決して希望は生まれない」

と、話しました。

 

また、「希望の党」の小池代表は、

考えてみますと、これまで首班指名云々のときに、これまで自由民主党の方々は、羽田政の後の村山政をかついだということがあった。こんな形で水と油で血がばれたということも、首班指名という言で改めて思い出したところだ」

と、述べています

 

ここまでも、その当時のことを振り返ってきましたが、

まさにこの二人の党首も、あの当時の再来について触れています。

 

今回の選挙は政権選択選挙だと言われていますが、私たち民衆にとっては、永田町の論理の押しつけのようにしか思えません。

自民党側の都合によってつくられた解散。

劇場型、ご都合的な争点メディアから流れる今回の選挙評は、情緒的な話ばかりです。この選挙期間中、国民を中心とした民主主義というものを実現する政党は何なのかをあらためて考えるために、あらためて父の著書から導き出してみましょう。

 

+++

P78

 それはわたしたち市民が、情報帝国主義にいいようにふりまわされないためにも、みずかららの主体的な意思表示として実現されるべき課題である。そのことにまちがいはない。だが、それはそうとして、さらに重要な認識がある。

 それが、わたしの言う、国家独占資本主義(その変態である一党独裁)の、本質的な「いかがわしさ」なのである。

 一党独裁は、わたしたち市民の、生活の実態とはついに関わることがない。わたしたちが真に必要としているものとは別な次元に、生活のいわば「まがいもの」を虚構するだけのことだ。こまったことには、われわれ自身も、それを生活実体であるかのように錯覚している。あるいはさせられている。

 わたしがしばしば指摘した、景気という発想の欺瞞が、その一例だろう。

 

 景気という発想は、きわめて特殊なものである。すくなくともそれがいかなる経済上の指標であるかは、突き詰められていない。なんとなく、経済の動向を表す基準であるかのごとく扱われているが、景気がよいと経済もよいことになるのかと問えば、じつはあいまいな定義にしかならい。いや、もっとはっきり言えば、景気がよいということは、じつは経済がよいことには等しくないのである。

 そもそも景気が「よい」状態とは一体、なにを基準として定められることなのか。その肝心な問いをはぐらかすために、むしろ景気といういい方が使われてきたと、逆に言った方が正確かも知れない

 経済が「よい」と判断するには、ほんとうはわたしたち市民、民衆のあるべき生活の方向を、みずからの価値観を以て提起することが必要になるからである。もちろん、そういう風に市民が発想することとは、権力にとって、好ましいことではない。

 

 この例で言うなら、根本は「演出された経済」という本質にあるのだ。そして、「演出された経済」などというものが、そもそもどれほど「いかがわしい」ものであるかは、特に説明を必要とはしないに違いない。

 国家独占資本主義は、本質的に「いかがわしい」。その変態である一党独裁においては、ますますそうである。わたしたちにとって必要なのは、この「いかがわしさ」の根本にきちんと向き合い、それを批判的に捉えることである。それはなによりも、われわれ自身がどのように生きようとするのか、どのような社会を欲するのか、という原則をおいてはあり得ない。それを素朴な発想と嘲笑するのは容易なことだが、じつは権力は、その「素朴さ」をこそ、恐れるのかも知れないのである。

 

+++

 

 安倍首相は、

「1990年代に新党ブームがあった。あの新党ブームの結果、政治は混乱し、日本は長い経済の低迷に突入した。」

と、いっています。

 

 でも、世の中で景気がいいといっているのは、アベノミクスと称して補助金がばらまかれ、私たちが感じることのない実体のない景気なのではと、あらためて認識しています。

 まさに、今言われている景気は、演出された景気であり、格差社会が広がり、過労死が増え、だれも幸せ感を感じることが出来ない世の中になってきていると感じます。

 2016年、世界幸福度について、日本は53位です。

 これは何を意味するのでしょうか。演出された経済ではなく、私たちが幸せになるためにこの統一選挙ではあらためて情報操作に惑わされることなく候補者の話を聞いてみようと思いました。

 

 次回は共生的民主主義についての章を読みながら、民主主義を考えたいと思います。

 

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朝陽を待つ富士山です。

第35回 2017年9月25日

こんにちは、岡庭野野花です。

 

きょうは、今一度、当時のようすを振り返ってみます。

振り返るにあたっては、便利なWikipediaを開いて、

輪読みたいに読んでみましょう。ではAさんからどうぞ

 

A:

1994(平成6年)6月の自由民主党日本社会党新党さきがけによる村山富市内閣の発足で下野した非自民・非共産勢力は、次期総選挙で施行される小選挙区比例代表並立制への対応に迫られていました。

小選挙区自民党に対抗するためには野党各党が合流して各選挙区で候補者を1名に絞らなければならず、新・新党を結成する流れが一気に傾き、新生党公明党の一部・民社党日本新党自由改革連合などが結集、同年12月10、結党されました。理念は「自由、公正、友愛、共生」。

では、続きをBさんどうぞ。

 

B:

結成時の所属国会議員数は214人(衆議院176人、参議院38人)。

結党時の国会議員数が200人を超える政党が結成されたのは、1955(昭和30年)結成の自民党以来、39年ぶりでした。

1996(平成8年)10月の第41回衆議院総選挙では政権交代を目指し、野党第一党としては38年ぶりに衆議院議員定数の過半数の候補者を擁立。

消費税率を20世紀中は据え置くことや、減税およびそれに伴う経済の活性化による財政再建を公約の目玉にするも、解散前議席に届きませんでした。

 

A:

総選挙後、羽田・細川護煕らの離党や自民党による引き抜き工作により求心力を失いつつあった小沢執行部は、自民党との大連立構想、いわゆる保保連合構想を模索し、自民党内で自社さ派の加藤紘一野中広務に対抗する保保派の梶山静六亀井静香との関係強化を図りました。

しかし、これに対し、自民党に取り込まれると党内から反対論が吹き出し、小沢の求心力がさらに失う結果となりました。

 

B:

1997(平成9年)11月、旧公明党のうち新進党に合流していない参議院議員・地方議員を中心とする政党・公明が合流を取りやめ、翌年夏の第18回参議院選挙に独自で臨むことを決定しました。

同年12月、小沢の任期満了に伴う党首選がは小沢と鹿野道彦農水相一騎討ちとなり、小沢が再選。小沢は純化路線に進むことを決断し、同月27日に両院議員総会を開いて新進党の分党と新党の結成を宣言。

これによって新進党は消滅して、自由党改革クラブ新党平和新党友愛黎明クラブ国民の声6党に分裂しました。

 

野野花:

お疲れさまでした。

 

そしてこの後、私たちが覚え切らないくらいにいろんな党が、泡のように出ては消え、出ては消えました。

二大政党という妄想を、私たちも考え直す時が来ているのだと思います。

今の状況を作っているのは政治家という専門家です。

父の言葉を借りるなら……

一党独裁と対立し、それを打倒し、入れ替わろうとする政治的な勢力は存在しないことが、ある意味ではあまりにも判然としています。

それでは、どのように考えるべきなのでしょうか?

 

父は、民衆運動としての創価学会を評価していました。

創価学会公明党政教分離な問題について父も重々承知していました。

その上であえて父が支持した理由が、

『「政治家という職業」こそは倒錯である』の章の最後に綴られています。

文中には「会派」と定義しています。

 

+++

 

P74

 

なぜこの会派を取り上げたかと言えば、代理人という発想を容易に実現出来るはずの選挙基盤を持ち、またそれを支援する民衆運動に応えるためにもそうでなければならないだろうからである。いずれにせよ、「政治家」と「代理人」の間に横たわる本質的な転倒こそ、わたしたち課題でなければなるまい。

 

+++

 

国の政治を、「政治家」という専門職に委ねるのではなく、私たちの「代理人」が行う日が来るのでしょうか?

ちなみにフランスでは、中道右派共和党」、急進左派「左翼党」の二大政党がありますが、無所属のエマニュエル・マクロンが大統領となりました。

二大政党の出身ではなく、選挙も初めてという39歳です。

また、極端にいれば、米国トランプとて「政治家」ではないのです。

二大政党の政治家の時代から、私たちの「代理人」の時代が求められているのかもしれません。

ただそこに潜むポピュリズムについてもまた、私たちは注意を払う必要があるのかしらと、この父の一連の文章から考えさせられます。

 

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第34回 2017年9月18日

 

こんにちは、岡庭野野花です。

 

安倍首相が、どうやら大義なき臨時国会で冒頭解散をするといわれています。

 

 

A:

支持率が少し回復したのをいいことに、民進党がぐだぐだ、小池新党がまだ立ち上がらないこの瞬間に、国民に是非を問うという……

 

B:

理由付けはどうでもいいんでしょうね。

 

A:

はぁ〜(ため息)。国民不在の永田町政治がこれから先も続くのでしょうか。

他の先進国みたいに「二大政党制」であるべきと、今もまた新しく、小池都知事に一番近い若狭議員が、これまでの政党を結集して新しい政党を作ろうと動き、民進党もまた、政権与党に変わる政党になろうとはしているのだけれど、道筋は見えないまま。

 

B:

はい、まったく見えません! 自由民主党の独走が続く可能性の方が高いじゃん、と感じずにはいられない状況。で、今また勝手に「解散」との言葉が、メディアのトップを飾っているわけです。

 

A:

あらためて私たちは認識したいのですが、解散総選挙には多額の税金が使われるんです。なのに、この大義のない解散を、国民は黙って見ているしかないと思うと、なんともやりきれないです。

 

野野花:

ちょっと冷静に振り返ってみましょうか。

そもそも、55年体制の終焉をもって、1994年末から1997年新進党が誕生しました。以来、自民党カウンターパートになると言っては、離合集散を繰り返す新政党があり、期待する政党がある。こんな中、民主主義を実現できる政党が、今後出てくるのか、まったく道筋が見えないのが実際のところなのです。

 

B:

55年体制とは、与党第1党は自由民主党が占めて政権を維持して、野党第1党は日本社会党が占めていた体制ですね。

 

:

1955年(昭和30年)に確立した構図だから、55年体制と呼ばれている。

 

野野花:

父は、『かくもさまざまな言論操作』で 

ある種の期待とも重なって、おおいに宣伝された「二大政党」論はすでに破綻した。「二大政党」論の幻想が成立し得なくなった、と述べています。

 

P70からの、「政治家という職業」こそは倒錯である

を読んでみたいと思います。

 

+++

 

社会党社民党と名前を変更し、それと前後して、自民党の「手下」になった。それこそが、あたかも冷戦後の時代における、歴史的な対応でもあるかのように。むろんのこと、そのような「理屈」などだれも信用してはいけないことは、同党への大衆的な支持の、いわば壊滅的な現状況が、なによりも良く示している。危機意識に駆けられた土井たか子が指導者に復帰して、なんとかかっこうはつけたものの、権力に寄生するうまみからまだ脱却できないという、あさましい状態のようだ。これを、もともと一種の虚構である「戦後」体制にあって、役割としての反対党にすぎなかった同党が、その本質をはっきりさせただけだと結論づけるのは容易だが、それにして反対勢力のこのほぼ全面的な転向は、やはり民主主義にとって重大な辞退であるといえる。

 社会党のこのあさましいまでの転向は、それなりの「進歩」や「革新」のおわりにほかならないが、そのことにある種のさびしさを感じたり、批判するよりも、むしろ弱小勢力でありながら一党独裁に、割り込んで権力の分け前にあずかる「巧妙」さを「評価」し、大いに真似しようとするのが「専門家」としての政治家の発想なのかも知れない。

 

 

+++

 

野野花:

今日は、「民主主義」が2回登場しましたが、ひさしぶりに耳にしたような気がします。

 

 

敬老の日でしたが、敬老の日の発祥の地といわれる兵庫県多可町には、「棚田百選」にも認定された棚田があるとのこと。今頃こんな風景かしら。

 

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第33回 2017年9月11日

こんにちは、岡庭野野花です。

 

今、民進党メルトダウンが止まらない状況です。

前川誠司氏が代表に決まり、これまでのメルトダウンに少しはブレーキがかかるかも、と思った矢先、今度は山尾志桜里議員の不倫スキャンダル。幹事長就任の直前のことでした。

 

A:

これが引き金になったのでしょうか、民進党の議員が5人も離党しましたね。

 

野野花:

一方では、北朝鮮問題の深刻化が進む流れで、安倍内閣の支持率が上がっています。

 

B:

少し前は、富田議員の「このはげー」事件、そして、今井議員の不倫スキャンダル。所謂、文春砲と言われるスキャンダル! これに政治家が右往左往している。

 

A:

振り返ってみてもこの国の政治は、週刊誌スキャンダルを発端に、メディアに混乱させられています。政策論争はなく、スキャンダルによって左右されるなんて……

 

B:

こうした話ってたいてい内部リークから始まるものなのに、最近のスキャンダルってなんだか会社の給湯室の噂話のような内容じゃない?! まるで芸能界のネタみたいだと感じます。

 

野野花:

その視点で改めて、『かくもさまざまな言論操作』に戻ってみたいと思います。

 

P46

報道情報はじつにさまざまな、巧緻、狡猾、巧妙なからくりにみちているといっていい。スクープがじつはリーク、つまり権力からわざわざ提供され、しかも提供された報道の側もそれに気がついていない、という例などは、特にめずらしくもないだろう。総じて、「国民のため」という印象を伴っている情報の例にこそ、疑うべき場合が多いようにも思われる。

独占企業や権力それ自身が、「加害者」や「被疑者」として扱われる報道情報に接して、「強いものいじめ」い喜んではなるまい。ましてやそれを以て、報道もたまにはがんばるではないか、などと錯覚するのは愚劣である。おそらくは、そのような例こそが、巧緻、巧妙、狡猾な情報帝国主義の仕掛けなのであって、それはその程度には、あるいはそのような側面からは、情報を公にし、あるいは弾劾することが独裁の利益になるからこそ、暴いたり、攻撃したりしているのだ。

 

野野花:

さらに興味深い内容が続きます。

 

P46の終わりからp47へ

つまりは、こうだ。報道が盛大に騒いでいる。われわれもついそれに巻き込まれ、その対象がまぎれもなくタブーであった動燃などの場合は特に、あるいは体制も、いささかはかいようされたのかという類の錯覚まで持ちかねないのが、その「騒ぎ」の内容を冷静に判断すれば、じつは大したことはないにも報道されておらず、しかも具体的な弾劾の陰に、本質的な反省を隠して、巧妙に棚上げしているのだ。つまり、角度を変えて論ずるなら、「肝心なこと」に議論が及ばないようにするためにこそ、弾劾(に似た擁護、ということになるかも知れない)がなされているといわねばならないのである。

これは、わたしのいう「不祥事の力学」でもある。

 

 

野野花:

「不祥事の力学」とは、本来批判すべきことを批判するのに必要な、論理的検討を阻害してしまうことだと、父は述べています。

 

A:

まさに今、どのテレビを見ても毎日同じ内容、同じコメンテーターが情報を流しています。

 

B:

そうして、論理的検討が阻害されているのですね。

 

野野花:

次回は、

「政治家という職業」こそは倒錯である

の章から読もうと思います。そこには、「二大政党」論は既に破綻した、という内容が述べられています。あの当時から既に瓦解していた「二大政党」論を、あらためて紐解いてみます。

 

暑さが戻っていますが、朝夕は秋の風を感じますね。

 

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第32回 2017年9月4日

こんにちは、岡庭野野花です。

 

小泉政権誕生の話しの続きをしましょう。

メディアがこぞって小泉政権を持ち上げていましたね。

 

A、B:

はい、それはとてもよく覚えています。

小泉劇場」って言葉が氾濫していました。

 

A:

その後、景気回復の遅れ、田中真紀子外務大臣の更迭といったことから支持率が急落していったんです。

 

B:

はい。そうして、第一次安倍内閣へと移行していきました。

 

A:

小泉劇場」のあの頃が、メディアが政治を煽った時期ではなかったでしょうか?

 

 

野野花:

父は、「郵政民営化」についても語っています。

 

P18から読んでみますね。

+++

官庁機構の手直しといえば、郵政省を解体するという構想には、独裁の意志があまりにも露骨にあらわれているだろう。

独裁の根拠は租税収奪である。郵便局を持ち、大きな郵便貯金の力を背景に、一定の自立した権力であり得る郵政省は、それゆえに独裁の許容するところではなかったのである。それにまた、「危機」に対処する金融再編の思惑が、さまざまに絡むだろう。どちらにせよ、こういうものが「行政改革」と称しているのだ。

 

 行政が本来どのように問題なのか、さらに言えば、生活とかかわりがなく、ただの権力でしかない中央の行政など、わたしたちにとってそれじたい必要なものなのか、といった本質的な問題提起が、こういう「行政改革」案の次元に、あり得るはずもなかった。これもまた、むしろ実質的には、行政(官僚)自身から出されている構想だと考える方が現実的なのではないか。

 

+++

 

p21

 真の意味での「行政改革」の柱が、権力の市民に対する情報公開であるのは自明の理である。そして、この国の権力が、それを実行するわけがないことも、また自明の理である。この国の独裁は、まさに情報帝国主義に依拠してこそ、権力であることを防衛しているのだ。

 

+++

 

野野花:

ひるがえって、現在……

一億総活躍」「地方創生」「国際戦略特区」まちひとしごとなどなど、耳あたりよく情報公開はされていても、その中身の吟味が出来ないようなプロジェクトが行われているように思います。

 

B:

バラマキの補助金事業の展開も、しかり。

メディアから聞こえてくる耳あたりのいい言葉の裏に実際に起きていることといったら、富の格差でしょう。

 

A:

はい。そして、見捨てられる地方!

 

野野花:

この事実を、みんなどこかで感じながら生活しているのが日本です。

この日本の閉塞感は、父がこの本を書いた時より、もっとずっと深刻になっているかもしれません。

 

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第31回 2017年8月28日

こんにちは、岡庭野野花です。

今日は、『かくもさまざまな言論操作』を読みながら、この本が出版された頃の行政改革について振り返っていきます。

 

A:

一党独裁と情報帝国主義について」の、4つ目の段落のP17を開いてみてください。

 

+++++

 政治はいま、もっぱら「行政改革」を掲げている。もとよりそれを、まったくの欺瞞とのみきめつけてしまうのは、事実に反するだろう。体制的な危機意識の切実さは、そこにもなにがしかは反映しているはずである。

 しかしそれは、国家や民衆にとっての、本来の意味での「危機」ではない、独裁の勝手な都合の枠内にとどまっている。本来は根本で転倒したままなのだ、と言わなければならないだろう。

 そもそも、行政改革とはいかなる概念なのか、といった基本的な問いが存在しないまま、ただ官庁機構を一部手直しすることが、そのすべてだというように事態は演出されている。これが欺瞞であることは、わざわざ説明するまでもないのだ。たしかに、すでに述べた、独裁の勝手な「都合」としての「危機意識」は、そこに、それなりには反映しているのだろう。

+++++

 

B:

先週ちゃんとおさらいしていたから、す〜っと理解できますね。

 

A:

当時の行政改革の最終報告では、国家目複雑化して、々刻々化する内外境に即して、明な価値選択政策展を行っていく上で、その限界ないし能障害を露呈しつつある、としていました。

「内閣総理大臣の指性」「内及び内閣総理大臣の支援体制」を能面で明化して、「官僚主」から、選挙民の意思を背景とした政策を施するための「政治主」に転換することになった。

 

B:

それが今に至って、安倍一強の官邸主導により、国家戦略特区や地域創生やら一億総活躍プランなどが行われているわけなんですね。

 

A:

そして、今まさに騒がれている加計問題などの「忖度」が起こっているというわけ。

 

B:

みごとなまでに、すべてつながります。

 

野野花:

では、もう一度、当時を振り返りましょう。

 

橋本内閣が消費税増税で退陣後、小泉政権が誕生しました。

当時の小泉首相は、構造改革なくして景気回復なし」として、郵政民営化を進めます。小泉首相は、構造改革に反対する議員達(後には、改革に反対する官庁なども含まれる)をまとめて「抵抗勢力」と呼び、メディアも小泉を持ち上げていきました。あの当時の熱さは、今でも思い出されます。

(つづく)

 

ところで、本はもうお手元にあるでしょうか。Amazonにも中古ですが在庫があるようです。

 

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